2012/03/11
one year later


自分にとっては、あっという間の1年でした。

去年のtwitterを見返していて、とても長い1日だったことを思い出しました。
なかなか姉や親戚や友達と連絡がつかなくて、すごく不安でした。

今は家族と遠く離れて生活をしていて、
1年の中で会える回数も少ないです。

でも何かあったとき、助けを求められたときには、
すぐに駆けつけられるようにしていたい、と、
強く思いました。

東京だって、いつ地震がくるかもしれないし、
日本だったら、どこにいてもそうだと思う。

大切なひと、時間、ことを大切にし、
日々を楽しんで、過ごしていきたいなと思います。

また、微々たるものですが、去年からはじめて集まった募金を、
先ほど日本赤十字社へ募金してまいりました。

あらためて、被災されたみなさまのお見舞いとご冥福をお祈りいたします。

2011/08/15
rikuzentakada

3.11よりちょうど5ヶ月後の8.11。
被災地の沿岸でいっせいに花火を打ち上げる、LIGHT UP NIPPONというイベントが
開催されました。「追悼」と「復興」の意味を込めて。

そのなか陸前高田では、手持ち花火と線香花火の大会が開催されることとなり、
そのお手伝いで、線香花火をお届けするために、陸前高田市に行ってきました。

震災後、5ヶ月が経ちましたが、はじめて被災地に足を踏み入れました。

陸前高田は、以前は約7万本もの松林ときれいな海岸があった場所。
松は津波でほとんどが流されてしまいましたが、唯一、1本だけ耐えぬき、
そびえ立っていました。




沿岸部の整備はだいぶ進み、電信柱も新しく立てられたものを多数見かけましたが、
まだまだがれきの山はたくさんある状態です。
整備され、平野になっている場所も、以前は住宅が多く立ち並んでいた場所。
目の当たりにしてもなお、それは信じがたい光景でした。



日が暮れてきて、現地の方々も会場に次第に集まってきた頃、
突然空が明るくなりました。





その後、みなで次々に、手元の花火にも火を灯して行きました。

あの日、この場所で起こったことは、想像を遥かに超えることだったと思います。
本当に、何がいちばんためになることなのか、なかなか知り得ないのかもしれません。

でも、夏の終わりに、もし少しでも楽しい思い出をつくることができたのなら、幸いです。

改めて心よりお見舞いとご冥福をお祈り申し上げます。

2011/01/09
twitter

そういえばこちらでは言っていなかったのですが、
twitterもやっていたりします。

ブログだけでは伝えきれなかったことや、日々の出来事を気ままに
つぶやいています。

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2010/03/24
the beginning

本日から、カリクスブログスタートいたします。


ひごろおもっていること。

ふとかんじたこと。



つれづれと書いてゆきます。